【体験談】ゲイ掲示板の「セフレ募集」から始まった、僕と彼のひと夏の歪で純粋な関係
これは、ある夏の日に僕が経験したゲイ掲示板での出会いから始まった物語です。
世間一般で言う「純愛」とは違うかもしれない。始まりはたった一行の「セフレ募集」の書き込み。それでもあの夏の焦燥感の中で、僕と彼が確かに共有した時間と感情は他の何物にも代えがたい「純粋」なものでした。
ネットの海の片隅で交差した僕と彼の少し歪で、けれど忘れられないひと夏の記憶をここに書き記したいと思います。
掲示板で知り合うまで
8月の中旬。連日の猛暑日が続き、夜になってもアスファルトから立ち上る嫌な熱気が街全体を覆っていた。部屋のエアコンを22度に設定しても、どこか生温い空気が室内に淀み、濡れたタオルのように肌にじんわりと張り付いて離れない。特別に誰かと会う予定があるわけでもなく、ましてや明日も早いわけでもない。そんな行き場のない夜に僕は手持ち無沙汰にベッドの上で何度もスマホの画面をタップしていた。
SNSのタイムラインを開けば、そこは「リア充」たちの眩しすぎる夏で溢れかえっている。海辺でのBBQ、ナイトプール、浴衣姿の花火大会、どこかのリゾート地の綺麗な風景。スクロールする指を動かすたびに、なんだか自分だけがこの世界の熱狂から取り残されているような、強烈な焦燥感と寂しさが胸の奥を締め付けてくる。その眩しさに耐えかねて僕は無意識のうちにブラウザを立ち上げ、ブックマークの一番下にある「いつもの場所」を開いていた。
ゲイ専用の地域別無料掲示板。
キラキラした写真もフォロワー数という承認欲求の数字も存在しない、ただ黒と青の素っ気ない文字だけが並ぶ無機質な空間。だがここにはSNSのどれよりも生々しく、嘘のない「男たちの本音」がリアルタイムで蠢いている。特に8月に入ってからの書き込みの速度は異常だった。みんな夏の暑さにうやむやにされ、衝動に任せて誰かを求めているのが画面越しにも痛いほど伝わってくる。
「ガチムチ・日焼け肌、大人希望」
「車あるのでドライブ行きませんか」
「今日休みになったから今から遊べる人」
画面に次々と流れていく書き込みを指で追いながら、僕はただぼんやりと画面を見つめていた。目的は人それぞれだ。恋人探し、ただの暇つぶし、あるいはその場限りの割り切った関係。そこに並ぶ言葉には未来の約束もなければ、互いの過去を深く掘り下げる面倒な手続きもない。ただ「今、この瞬間」の孤独や欲求を満たすためだけに結ばれる、儚くも合理的な繋がり。
自分自身、誰かとじっくり愛を育みたいわけでも甘ったるい恋愛ごっこをしたいわけでもなかった。ただこの部屋に充満する熱気と寂しさから逃げ出すための、都合の良い理由が欲しかっただけなのかもしれない。そんなことを考えながら更新ボタンを何度も押し直していた時だった。新規投稿の最上部に、ふと一つの書き込みが滑り込んできた。
「175/68/28 夏っぽいこと、割り切って楽しめるセフレ募集。〇〇駅周辺」
投稿時間はほんの数分前。エリアは僕の家から電車で二駅、車なら10分もかからない〇〇駅付近。年齢も身長体重も僕の好みのストライクゾーンの真ん中だった。
何より僕の目を惹きつけて離さなかったのは「夏っぽいこと」というどこか抽象的で、それでいて不思議と詩的なフレーズだった。海に行くわけでも花火を見るわけでもない。男二人が深夜に集まってすることなんて最初から一つしか期待されていない。それなのにその短い言葉には、この暑苦しい夜を一瞬で特別なものに変えてくれそうな、怪しい魅力を秘めていた。
「セフレ募集」という飾り気のないストレートな目的提示も潔くて良かった。面倒な駆け引きも期待させすぎる嘘もいらない。ただお互いのニーズが合致すればそれでいい。
いつもなら「どうせ人気物件だからすぐ埋まるだろう」とか「冷やかしだったら嫌だな」と理由をつけてスルーしてしまう性格の僕が、その夜ばかりは迷う前に指が動いていた。掲示板の返信フォームを開き、自分の簡単なスペックと「セフレ希望です。〇〇駅近くならすぐ動けます」という簡潔な文章を打ち込み、送信ボタンを押した。
送信完了の画面を見つめながら一気に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。静まり返った部屋の中に自分のドクドクという脈打つ音だけが響く。匿名掲示板のやり取りはとにかくスピードが命だ。条件が合わなければ即スルーされるし、数分遅れるだけで他の誰かに枠を奪われる。画面を閉じてスマホをベッドの上に置いたものの、気になって10秒おきに画面をチェックしてしまう。
そして送信からわずか3分後。通知音とともに、彼からLINEのQR写真を載せたレスが届いた。
LINEに移動し、お互いに簡単な自己紹介と写真を交換することになった。スマホの画面をタップして送られてきた彼の顔写真を開いた瞬間、僕は思わず小さく息をのんだ。
そこに映っていたのはほどよく日焼けした小麦色の肌に、短く整えられた黒髪、そしてどこか悪戯っぽく口元を歪めて笑う、健康的で文句なしに男前な青年の姿だった。首元からはTシャツ越しにもわかるしっかりとした鎖骨が見え、全体から漂う夏の男らしい雰囲気が凄まじかった。
「え、かっこいい……」
思わず声に出して呟いてしまった。僕が「すごく好みです」と正直にメッセージを送ると、数秒で彼から「ありがと!君もめちゃくちゃ可愛いしタイプ。写真通り?」とテンション高めの返信が返ってきた。「写真通りです」と答えると、彼から間髪入れずに次のメッセージが飛び込んできた。
画面に浮かび上がったその言葉を見た瞬間、さっきまで無機質だった掲示板の文字が、一気に生々しい現実として僕の目の前に突きつけられた。時計の針はすでに深夜の1時を回っている。普段なら絶対に外に出ない時間帯だ。けれどスマホを持つ手のひらにはじんわりと汗が滲み、胸の奥で爆発した熱い高鳴りはもう誰にも止められなくなっていた。僕は「行きます。場所どこにしますか?」と指を走らせていた。
知り合ってから会うまで
「今から会える?」という短くも圧倒的な熱量を含んだメッセージに返信してから、事態は怒涛のスピードで動き出した。時刻は深夜1時過ぎ。普段ならパジャマ姿でベッドの中に潜り込み、寝返りを打っている時間だ。それなのに僕は跳ね起きるようにしてクローゼットへ向かっていた。
部屋の中はエアコンの冷風が効いているはずなのに、体の中から湧き上がる謎の熱のせいで肌が火照っている。鏡の前に立ち、ボサボサの髪を整え、適当なTシャツから少しだけラインの綺麗なカットソーに着替える。香水を胸元に一吹きすると、深夜の静寂に爽やかなシトラスの香りが広がり、それが余計にこれから起こる出来事の生々しさを強調させた。
その間も、スマホは手放せない。LINEの画面には、彼――『ナツ』からのメッセージがテンポよく届いていた。
「場所どうする?俺の車で迎えに行こうか?」
「〇〇駅のロータリー横のコンビニなら10分で行けるよ」
車で迎えに来てくれるという提案はありがたかったが、初対面でいきなり密室に乗るリスクも頭をよぎった。ネットの掲示板から始まる関係だ。写真はお互いに交換したし、やり取りの雰囲気も悪くない。けれど最低限の警戒心は捨ててはいけないと自分に言い聞かせる。
「近くまで歩いて行きます。ロータリー前の明るいコンビニの前で待ち合わせしましょう」
そう返すと「了解!じゃあ15分後に」とすぐにスタンプが返ってきた。この変に固執せず、こちらのペースに合わせてくれるフットワークの軽さも掲示板慣れしているスマートさを感じさせて安心できた。
マンションの重いドアを開けると、深夜とは思えない熱帯夜の空気が全身を包み込んだ。昼間の太陽が残していったアスファルトの余熱。暗闇の中から聞こえる蝉の最後の鳴き声。コンビニへと向かう街灯の下を歩きながら僕は自分の心臓が早鐘のように打っているのをはっきりと感じていた。
ネットで知り合い、顔写真を数枚交換しただけの見知らぬ男と深夜の街で合流する。日常の枠組みから完全に外れたこの背徳感とスリルが夏の夜の熱気と混ざり合って脳内を麻痺させていく。
もし想像と違う雰囲気で気まずくなったらどうしよう。
「やっぱりやめます」って逃げる準備もしておくべきか。
頭の中でネガティブなシミュレーションが渦巻く。待ち合わせ場所のコンビニが見えてきた。白い蛍光灯の光が眩しく夜の道に浮き上がっている。その駐車場にハザードランプを点滅させた黒いSUVが停まっていた。
スマホがブッと震える。画面には「着いたよ。黒い車」の文字。
息を呑みながらゆっくりと車へ近づいていく。助手席の窓がスルスルと下がり、中から男が顔を出した。
街灯の光と車内の小さな灯りに照らし出されたその顔を見て、僕はその場に固まりそうになった。
「〇〇くん?お待たせ、乗って!」
そこにいたのは、写真以上の存在感を放つ本物の『ナツ』だった。
白いTシャツから覗く日焼けした腕、少し崩した黒髪、そして何より、写真通り――いや、実物の方が何倍も魅力的で眩しい笑顔。車内からはほのかに高級感のある香水の匂いと冷房の涼しい風が漏れ出ていた。
「あ、はい……よろしくお願いします」
緊張で声が少し裏返りそうになりながら、僕は助手席のドアノブに手をかけた。ドアを閉めた瞬間、深夜の街の雑音と蒸し暑さが完全に遮断され、車内は僕と彼の二人だけの密室へと変化した。知り合ってからわずか30分。ネットの無機質な文字から始まった関係が、ついに逃げ場のない現実として動き出した瞬間だった。
会ってからその後
車内に漂うほのかな香水の香りと冷房の冷たい風。パタンとドアが閉まった瞬間の密室感に胸の鼓動がうるさいほど跳ね上がっていた。助手席に座る僕を一瞬覗き込むように見てからナツは「ほんと、写真通りの子が来てくれてよかった」と悪戯っぽく笑い、ゆっくりと車を走らせた。
向かったのは駅から少し離れた静かなホテル街。車内の短い移動中も彼は「仕事は何してるの?」「今日暑すぎなかった?」と気さくに話しかけてくれて、初対面の緊張を自然と解きほぐしてくれた。掲示板で出会った目的はお互いに「セフレ募集」という割り切った関係だ。けれど、雑な扱い方をされない安心感が彼の立ち振る舞いから伝わってきた。
「部屋、ここでいい?喉乾いたでしょ、なんか飲み物買おうか」
ホテルの静まり返った部屋に入り照明を少し落とすと、深夜の熱気と合わさって急激に甘い空気が満ちていった。お互いシャワーを浴び、ベッドの上に並んで腰かける。さっきまでの気さくな雰囲気から一転して、彼の視線が熱を帯びて僕を射抜いた。
日焼けした彼の温かい手が僕の頬に触れ、そのまま引き寄せられるように唇が重なった。触れ合う肌の熱さ、互いの吐息、静かな部屋に響く肌と肌が擦れる音。夏の夜の焦燥感と熱気をすべて吐き出すような濃厚な時間はあっという間に過ぎ去っていった。ただの割り切った関係のはずなのに、触れ合っている瞬間だけは胸の奥が痛くなるほど満たされていく不思議な感覚があった。
冷房の静かな駆動音だけが聞こえる部屋で、汗ばんだ肌を寄せ合いながらシーツにくるまる時間。
「夏っぽいこと」という言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
時計の針は朝の4時を過ぎていた。窓の隙間からほんのりと青白い空の光が差し込んでくる。「そろそろ明るくなってきたね」と僕が呟くと、彼は僕の髪を優しく撫でながら「もうちょっとこのままでいようよ」と抱きしめる力を強めた。その一言に割り切った関係の枠組みを超えた、甘い錯覚を抱きそうになる。
明け方、ホテルを出て再び彼の車で近くの駅まで送ってもらった。「楽しかった。また連絡するね」と彼が言って車を降りた。「うん、またね」と手を振り、去っていく車のリアランプを見送りながら、朝の少し冷えた空気を深呼吸した。
その後、僕たちはその夏の間だけ何度か都合を合わせて逢瀬を重ねた。けれど、秋の風が立ち始める頃にはどちらからともなく連絡の頻度が減り、気づけばメッセージを送ることもなくなっていた。追わないし、追わせない。それが掲示板から始まったセフレ関係の、互いにわきまえた潮時だった。
名前も本名も、連絡先さえ今はもう分からない。
けれど、あの猛暑の夜に掲示板のたった一行から始まった彼との時間は、僕にとって確かにあの夏だけの、歪で純粋な記憶として今も胸に残っている。